言い間違い

マコトと歩いていた。

そこを曲がらず、あえて一周してしまう。

そこを曲がって抜けた所の店で働いている女性はマコトも知っている。だから、はぐらかすつもりで、あえて一周した。

見知らぬ男、たぶんマコトの連れなのだろうが、その若い男も一緒だったかもしれない。

二周目同じ角に来たとき、もう私は曲がってしまう。マコトからどう思われようと構わない。見栄をはっていられない。秘密の女性に会いに行くしかないのだ。

未舗装の荒れた小路を抜けていく。すると、先程マコトと歩いていた道とは地図上で平行する道、反対側の道に出る。店はそこにある。

店とは茶屋である。道沿いに茶屋が二軒並んでいる。手前の店が秘密の女性の働く店だ。

随分前の話である。今でもそこで働いているとは限らない。

茶屋は客でごった返していた。混雑する店内を忙しなく女給が動き回っている。彼女ではない。もっと歳をとっている。やはりもう、とっくに止めてしまったのかもしれない。

それでも一応店内を隈無く探してみた。

店の奥を左に曲がると席が疎らになる。そこは裏山の山裾にあたる坂道の始まるところで、野天になっている。離れた向こうに囲いがある。相撲の枡席のような囲いの中には板張りの、大きめな正方形をした縁台があって、その縁台を独り占めして仰向けに寝ころんでいる若い女性がここから見える。

彼女だろう。そんな恰好で平気でいられるのは彼女くらいしかいない。店員をしていると思っていたが、客として来ているようだった。

坂道を登り近付いて行く。

開脚している。仰向けのまま両脚を広げている。稽古着だからいいようなものの、茶屋の席でする恰好ではない。そうやって股を広げたその間から、股越しにこちらを見るよう、僅かに頭部を起こしている。しかし私に気付いてはいない。私も気付かぬ振りをする。偶然を装いたいのである。

彼女が気付く。

私は近眼で、目を細めて彼女を見つめる。

彼女の側に立つ。

白いブラウスを着ている。髪は短い。

抱きよせる。

耳元で、昨日、別れたん、と彼女が言う。

そうだろうと思った、と私が言う。

一緒に暮らそう、とそのまま続ける。

今、どこで暮らしてる？明日からウチにきて、と静かに言う。

その時、彼女と二人でいるすぐ奥に、さっきまで一緒だった別の女性がいるのに気付く。犬を連れている。その人にもついさっき同じことを言ったのだ。私の提案を喜んでくれて、明日から一緒に暮らそうと約束したのだった。その人が私と秘密の彼女とのやりとりに耳を傾けている。

その女性が誰だかもう分からない。犬を連れていることしか分からない。

酷いことをしている。二枚舌だ。

どんなにその人を傷付けていることか。

それでも仕方ないと思っている。秘密の彼女が最優先されて当然なのだ。

きみの名を暗号として使っているよ、要求されるパス・ワードとしていつも使っているよ、と言う。

それはずっときみを想い続けるための工夫だったんだ、と言う。すると彼女は、ワカッテル、と言いながら涙を流し、私の胸に顔を埋めた。

二人で歩いている。

私はカナエサンが出ていったことを詳しく話し出す。

彼女に聞いてもらうため、今まで話さずにきたのだ。

それなのに私は出ていった日を間違えてしまう。去年の10月なのに今年の3月と言ってしまう。

とんでもない言い間違いだ。

2010 7/27                もう一つの『言い間違い』