中野哲学堂

中野哲学堂

2005年1月2日か3日に初夢を見たのは覚えている。しかし内容は忘れてしまった。5日朝、何故隠れ家（アジト）で打ち合わせをしなければならないのか、理由は全くわからないこの夢を見た。

交差点から哲学堂の公園へと上がる土手がある。いや、もしかすると浄水場のある芝の土手なのかもしれない。交通量は疎らだが冬の少しだけ傾いた午後の光を反射させ乗用車が通過する。私たち四人は、この交差点の歩道から強引に土手を上がろうとしている。

リーダー格の誰かともう一人は素早く登り切ってしまったが、私たち二人は遅れを取っている。芝の隙間にある岩に丁度手のかかる窪みがある。そこを選んでよじ登ろうとするが上手くいかない。結局私だけが遅れて皆の足を引っ張っているようだ。ぐいと懸垂の要領で岩をよじ登るのだが、力尽きまた降りてしまう。

注1)私を含む四人のメンバー。女性が一人、サツキさんのような人がいるのかもしれない。この人がリーダー格な気もするのだがはっきりしない。しかし何か企画して四人で打ち合わせをするために集まっているのではないだろうか。そしてその打ち合わせ場所、公演企画を練るに相応しい秘密のアジトを探しているようなのだ。

何とか土手を上りきると、ツツジの植え込みに雑草が茂る場所に出る。ここは公園の隅だ。その植え込みを縫うように進むと、表からは見えない、使われなくなった建物があった。小屋と呼ぶほど見窄らしくはない。公園でよく見かける近代的な公衆トイレ、木造ではなくブロック作りの上に白い外壁を施したような小振りの建造物。だがそれはトイレではない。と言って人が住むような建物でもない。放棄された公園管理事務所か、あるいは浄水場のポンプ室。いや、こんな公園の隅で、茂みの奥にひっそりとあるのだから、掃除用具を置いておくだけの倉庫なのかもしれない。大きさから考えても物置とするのが妥当だ。

窓も、そして入り口すら無かったようなのだが、私たちは冬の穏やかな陽が差し込む屋内へと入っていった。

散らかっている。人の暮らした痕跡がある。しかしホームレスが使っていたとは考え辛い。そこには意外と綺麗なベッドが置かれているのだ。起き抜けのシーツが乱れた状態で、ベッドがある。ただそこに外から入ったと思われる枯れ葉が、埃とともにのっている。少なくても一ヶ月以上は放っておかれたままだろう。風が入り寒々しいが雨は凌げる。私たちのアジトとしては最適だ。

仲間が軽く部屋を片づけている間、私はベッドに仰向けになってみた。天井を見上げて気付いたのは、そこに電灯が吊り下げられている事なのだが、その丸い、よくある室内蛍光灯、そのぶるさがった紐、スイッチに絡まって、阪神タイガースの虎柄が電灯を塞いでいるという奇妙な光景だった。この黄色と黒の縦縞に虎の顔が描かれたものに見覚えがある。それはマップル社の大判地図帳、関西地区版の裏表紙だ。

この辺りで関西地区の地図を持っている者と言えば、それはマコトに違いない。マコトなら近畿周辺の地図が必要なはずだ。旅公演に明け暮れ東京にいる間のない彼なら、あの豊玉にあった賃貸マンションを手放し、こんな公園の片隅にある建物を改造し仮住まいをしていて何の不思議もない。確信を持ってそう思うのだった。きっとここはマコトの家だ。マコトが無断で使っている、仮の住まいだ。

そんな私の予測を確証する状況は多々見られたが、例えばこの部屋の散らかりよう、それに改造された室内。これはマンションの一室、豊玉にあったマコトの家に立ち寄った時、その部屋の様子とそっくりであるということ。そして何より公共物を不法占拠してしまうという無謀さ。マコトならやりかねないのだ。しかし一方で結婚したての可愛い奥さんはどうしたのだろう。あの奥さんがこんな生活を許すはずがない。その点だけが疑問に思われるのだった。

するとマコトが倒れている。トランクスだけ履いてあとは裸のマコトがぐったりしている。ボクシングでノックアウトされ、そのまま壁にも垂れかけてずるずると倒れていったかのような姿勢だ。瞼が腫れ上がっているのもボクシングを連想させる理由だと思う。だがここで試合があったはずはなく、多分余程辛い目にあって疲労困憊しているのだろう。始めにいた仲間三人はもう奥の方へ行ってしまい、私とマコト二人だけの世界になってしまった。そこでマコトがこれまでのいきさつを語り始めた。

結婚生活も長く続かなかった、と言うのだ。旅公演の連続で家を空けてばかり。とうとう嫌気がさして奥さんは出て行ってしまったと言う。それでどうせあまり東京にいることは少ないのだから、高い家賃を払うより、どこか一人寝泊まりするだけの場所を探しここを選んだ、ということらしい。

マコトの話はまだ続いていたが、ここを私たちのアジトにするのは諦めねばならないと、私は上の空で聞いていた。だが今時、勝手に建物を占拠して住居に充てるなんて、いつまでも許されるものでもないだろう。管理事務所が気付けばすぐに追い出されるはずだ。こんな、家財道具まで持ち込んで。マコトの一人暮らしもいつまで続くものやら。

確かにこの哲学堂公園隅の建物は、ひっそりと誰にも知られず隠れて暮らすには丁度良い場所なのだ。

2005 1/5