小鳥を食べた

そもそも私だってハヤが好きだった。生きたまま一羽づつ瓶詰にして自然発酵させる。それはコハダをもっとえぐくしたような味だ。小鳥を丸ごと食べるときの、あの、じゃり、とした歯触りと苦味。結構そんな食感が気に入っていた。気味悪く思う人は、湿って変色したその羽を毟ったりするけれど、それは正しくない食べ方だ。口の中でもぞもぞする余分な味。それこそがハヤ独特の旨みでもあるのだから。

でも、そんなハヤを、今日はどうしても食べる気がしない。

ガード下の半露天の居酒屋へやってきた。半年かけて作り上げた公演が無事終わり、みんなで打ち上げに来たのだ。一通り飲み食いして、一段落ついたころ、さあ、そろそろ、という感じで隣にいたマコトがきりだしてきた。

「ハヤ、たべましょうよ。」

マコトが私を誘うのは、こんな物食べるのは、他に私ぐらいしかいないと知っているからだ。事実、他のみんなは、えーっ、と言って顔をしかめている。

法被八巻姿の店員が、品の良さをわからせるため、わざわざ瓶を棚から下ろして見せてくれる。瓶の中の、逆さになった小鳥の死骸。この店では食べやすくするためか、嘴は切り落としてある。

マコトは瓶を手にとって眺めながら、まだ発酵が浅いな、とかいってる。ただ好みによるが、そんな生っぽい状態だと、鉄分を含んだかすかな酸味がかえって強調されて、きっと私の気に入るだろうから、是非とも食べてみろと勧める。私は仲間内の中で、最もマコトの味覚感覚が優れていると思っているから、そんな無邪気な誘いが嬉しくもあるのだが、やはり躊躇してしまう。私はもう、小鳥を食べることができない。

文鳥を飼い始めて三年になるだろうか。かえりたての雛を小鳥屋で買った。キンと名付け大切に育ててきた。キンという名前は、モモという名の文鳥との対応にあたる。だから、そのモモと名付けられた文鳥、モモを飼っている飼い主その人との対応関係が、私と小鳥の関係を歪にしてしまったともいえる。私はそれまで、文鳥が可愛いなどと思った事は無かった。それなのに名前を付けて飼育するうちに愛着を持ち始め、表情やちょっとした仕草から、その小さな生物が望む事、嫌がる事を理解し、心の痛点に触れることを覚えてしまった。タロウという、省かれた男性詞のことはそっちのけで、曖昧なままの愛称で愛玩していた。瓶詰のハヤと私の可愛がっているキンとは、小鳥という点で全く同じものなのだ。そんな小鳥を、もう食用にするわけにいかない。

若い美術スタッフ達は、私とマコトがハヤを食べるのを期待している。誰だって嫌がりつつ一方で、珍しい食べ物の味に対しては興味がある。そしてそれを味わう人のささやかな勇気に、驚きと尊敬の念を抱く、といっても大げさではないだろう。彼等の私たちを見つめる視線からは、そんな思いが伝わってくる。小鳥を食すとは、この馬鹿げた勇気、見栄というものが背後にあることを忘れてはいけない。

誘いを断わるのも、周りの期待に背くのも、この楽しい宴会に水を差すようで気がひける。

結局私は小鳥を食べた。平気な顔して小鳥を食べた。頭からじゃきっとほおばり、翼の付け根あたりで噛切る。胴体の途中、体の半分を残してがりがり噛砕いている。この味は確実に文鳥だ。文鳥の味に違いない。可愛がっていたからよく分かる。食べればこんな味だと思っていた。ハヤというのが食用の小鳥の名前と思い込んでいたけれど、どうやらそうではないらしい。その発酵させた状態を指してハヤと言っているようだ。この店のハヤはあまり発酵させてないから、もう手乗り文鳥をそのまま生で食べるのと同じことだった。

一九九六年　二月二六日

小鳥を食べた