子犬を茹でた

母がニイカを茹でてしまった。

ニイカの兄弟がもう一匹いるから、こっちのニイカはもう食べてもいい、という事になってしまった。

母は、可愛がっている動物をいただくのが、ある意味で愛情である、という習慣に属している。私もそんな母の考えを真っ向から否定してはいない。

ちょっと別の事を考えていて、あるいは、少し眠かったのかもしれない。その兄弟の方がもう一匹いるのだから、ニイカは食べてしまってもいいよ、と、母に同意してしまったのだ。

大皿にレタスが敷かれ、その上に茹でたてのシェルティが盛られている。湯気の上がる、まるで濡れネズミのようだ。落ち着いている時よくそうする、前足を伸ばし顔を立てた状態で伏せている格好。その姿のまま茹でられていた。もがき苦しんだ様子は見られない。呼べばすぐこちらに顔を向け、尻尾を振ってやってきそうだ。ただ、目がどんより曇っている。

母は気にしていないようだが、私は急に自分のした事が間違っていることに気付いた。いくら兄弟がいるといっても、ニイカはニイカしかいないのだ。大切なニイカを今、調理して食べようとしていた。

「待って！」私は母にそう言うと、まだ間に合うかもしれない、今なら蘇生できるかもしれないと、もう一度茹でられたニイカをよく見た。目は死んでいるようだが、下腹部が纔かに波打っている。きっとまだ呼吸しているのだ。

大丈夫かもしれない。考えてみれば風呂に入れるのとそんな違いはないのだ。（今はそう信じたい。）ともかく、解体して食べてしまわなければ何とかなる。まだ命を救う手だては残されているのではないか。しかし、どうして食べてもいいだなんて母に同意してしまったんだろう。世界に一匹しかいない可愛いニイカを茹でてしまったなんて、本当にどうかしていた。

10/23/98

子犬を茹でた