南からやってきた

南からやってきた。世田谷方面にいたのだろうか。

都営住宅から近衛邸の裏手を通る坂道を上っている。夜道である。牽引車を漕いでいるのはOKIEさんの連れだ。見知らぬ男性である。

自転車で荷車を牽いているのだ。自転車のフレームから直接牽引棒が出ている。それが荷車に繋がっている。荷車には私とカナエサン、そしてOKIEさんが乗っている。

坂を上がりきって突き当たりを左へ曲がる。あと少しで家に到着する。

もっと早く漕げないものか。そう思って交代を申し出る。見知らぬ男性と代わって、私が漕ぐことにした。それで分かったのだが、そんなに早く漕げるものでもないのである。ペダルがとても重い。全体重を掛けてもペダルが下に降りていかない。ゆっくり、やっと進む程度なのである。OKIEさんの連れが漕ぐよりもっと遅くなってしまった。

別れてからカナエサンと会うのは久しぶりだ。

髪型が変わったのは、今の彼女の連れ合いの影響だろうと思う。奇抜な髪型である。短くして金色に染めている。しかも額から眉間にかけて、そして鼻の先まで毛を生やしている。まるで猫のようだ。服装も明るく若々しい。私といた頃より可愛らしく見える。

一方OKIEさんは長く美しい黒髪である。そこに赤と黒を上手くあしらった女性らしい服を着ている。落ち着いた雰囲気の中に大人の色気を感じる服装である。

家に着いて二階へ上がる。

着くなりカナエサンが私より先に二階へ上がってしまった。もうこの家の人間ではないのだから、勝手に上がってほしくなかった。私が階段を上がる途中、丁度階段が左に折り返す所で降りてきたカナエサンと鉢合わせになる。

「アナタ、勝手に振る舞わないで下さい。」

と他人に投げかける言葉遣いで彼女に注意した。

カナエサンは何か、家に置いてきたもの、置きっぱなしにしていた忘れ物でも取りに、私より先に二階へ上がったのかもしれない。

もう誰からの気兼ねもなく、二階で何をしようが構わない暮らしをしている。だから、カナエサンがいたってOKIEさんを抱いていいはずだ。

OKIEさんは私の仕事場に入っていた。コンピューターを置いた机も椅子もあるのに、彼女はわざわざ床の上に横座りしている。黒い服に赤色のシャツが映える。崩した脚、黒いストッキングに包まれた膝から足首が艶やかである。

しかしだるそうにしている。

「ねむい、つかれた」

ぼそっ、と言う。

牽引車を漕いでいた男性とはどういう関係なのだろう。

どうも、今日もまた、彼女を抱けそうにない。

2010年1月13日