川島荘

夜、家の前の私道に美緒といる。

北側の私道入り口から、怪しげな女性がやってくる。おとぎ話に登場してくる魔女のような格好をしているのである。黒いハットに黒いマント。身長はそんなに高くない。帽子を深く被っていて顔は見えない。私と美緒の方へ近付いてくる。

美緒に危害を加えるのではないか。そう感じるのが、何故かとても自然なのである。

美緒を庇おうとする。もちろん、その黒ずくめの女が美緒に危害を加えるとは限らない。だが念のため私は美緒を庇おうとする。

無防備な美緒は私の助けに応じてくれず私道の隅に立つ電信柱の陰へと回り込んでしまった。黒ずくめの女はどんどん近付いて来るようだ。私は仕方なく電信柱を挟んで、電柱もろとも両手で美緒を抱えるようにする。

黒ずくめの女が背後を掠めた気がするが、美緒に危害を加えたかどうか分からない。黒ずくめの女はそのまま進み、川島荘へと消えた。私は美緒に何も無かったか、と訊くと、美緒は「何もない」と答える。しかし街灯の明かりの下で彼女を見ると鼻の脇、頬にかけて血が出ている。心配したとおり黒ずくめの女に何かやられたのだ。

私はそれまで掛けていたゴーグルを外し頭に上げ、その場に美緒を一人にしておくのは危険だと判断し、彼女を連れて、彼女の手を引いて、一緒に川島荘入り口まで行ってみた。もう人影が無かったが丁寧に声を掛けてみる。

「あのー、すみません」と。

何の返事もなく誰も出てこないので諦めて引き返そうしていたが、手を引いていた美緒が何か気付いたようだ。振り向くと、まず男二人が川島荘から出て敬老会館の方へと去っていく。続いてさっきの女とは別の、もっと身長の高いすらっとした女性が出てきて男たちの後をついて行く。私は何故か確信を持って、この女はあの女が化けたものであると感じた。敬老会館の方へ向かう男は無視して、その女の方へ近付く。呼びかけても止まらないので、女の腕を取り問い詰めるのだった。女は着物を着ている。そしてこの世の者とは思えない美しい顔をしている。ただ冷たく無表情なのだ。いや、無気力という表現が適切かもしれない。脱力し、私に捕まっても抵抗せずぐらっと体を預けてくる。よろっとなり、私は家の駐車場の引き戸へよりかかってしまった。美しい女の顔がすぐそこにある。何処を見るでもない虚ろな目をしたまま女は私の耳に口を近付け「ハァーッ」と息をかける。それは表現しようもないほど不気味な音で、そんな息を吹きかけられれば、もう終わりなのかもしれないと感じた。

思った通り、私は女の呪いにかかってしまった。

意識が朦朧とする。

そしてふと左手、敬老会館側に目をやると、大きなキツネ人形が不気味に踊っている。馬鹿にされているようである。キツネの動きはぎこちなく、あやつり人形であるのは明白だ。何故そんなものを見せられるのか、その真意が知れず、余計怖いのである。ただこんな時代がかったものを見せることを考えると、恐らく、この女は江戸時代以前の存在なのだろうと察しが付く。これは妖術なのだ。

川島荘