小学校で同じクラスだった、あの勉強の出来るイケダくんがこんなに叩けるとは思わなかった。うとうとしてしまったが、彼が叩き終えるとOKを出さざるを得なかった。私はハードディスクレコーディングのコンピューター上のストップボタンを押すのか、それともMD録音の停止ボタンを押すのか迷ったほどだ。どっちがバックグラウンドでどっちが録音していたのか、もう眠くて分からなくなっていたのだ。

良さそうな気配はあった。それまでのドラムとは違い、規則性の感じられる正確なドラムだったと思うからだ。これなら私の作ったバックグラウンドとの馴染みは良好だろう。

曲に合わせてデータを整理する前に、一服することにした。

煙草に火を着けようとジッポーの発火石をこするが、火花が散らない。それにもう油が無いようだ。まずは給油しようと、脇にあったオイルの入った丸みを帯びた塩化ビニールのいちぢく浣腸似の容器を握る。

するとオイルがどっと溢れてしまった。逆さに置かれていた所為で、押すまでもなく、オイルがほとばしってしまったのだ。丁度下にあった円筒形の小さな部品を入れる金属ケースの中が受け皿になり、油が溜まってしまう。このまま着火すれば燃えてしまう。危険な状況だ。中に溜まった油を捨てなくてはならない。

私達が作業していた部屋は、貴金属細工職人だった亡くなった祖父の昔使っていた作業部屋に似ている。狭くて、道具類が無節操に散らばる床。その床に直にあぐらをかいて座る。混沌としているようでいながら、必要な物は全て自分の周りにちゃんと散乱している。イケダくんはその部屋の出口側に着座している。

部屋から出て渡り廊下の向こうに中庭のような空間がある。いや中庭ではないかもしれない。建物の北側に面した裏地なのかもしれない。火の着いていない煙草をくわえたまま、そこへ円筒形の金属の器を持って、溢れた油を捨てに行く。雪解け後のような、湿って苔の生えた手入れのされていない庭。洗濯機が無造作に置かれている。ここは共同アパートのようだ。

置き石の脇の、小さな雑草の生えた隅に油を捨てた。土が油を吸収してくれると考えたのだ。

その間にもイケダくんとは色々会話を交わしている。

だが油を捨て、元いた場所に戻るともう三上さんになっていた。

三上さんなら忙しいだろうから、そんなに時間を無駄に出来ないはずだ。煙草を吸う無駄な時間を使っていてはいけない。

ふと三上さんが資料を持ちだした。いつもプロフィール用の資料を持ち歩いているのだと言う。

見てくれ、と私にその資料を渡す。

コピーをとったものだろうか。何枚かの資料は鮮明ではない。所々文字がにじんでいて読みにくい。そこには詩のようなものが書かれていたり、何かの台本の一部のような文章が書かれていた。

見せられた以上何か気の効いた事でも口にしなければならないのだが、どうも書かれている内容が掴めないし、また、これがどういう資料になるかも皆目見当が着かないのだ。

早く作業に取りかからなくてはならないのに、資料ばかり見つめている。

2003年 4月 8日 火曜