それは低く抑揚を押さえた声だった。「スガヤんとこにディジュリドゥ置きっぱなしだったっけ？」と長いこと連絡を取り合ってなかったシバから電話があった。ディジュリドゥも似非ホーミーも、私は彼から習ったのだ。確かにディジュリドゥは家に置きっぱなし。今度使いたいんだよね、というので返すことに。それが切っ掛けで、またちょくちょく会うようになった。

お昼時、そのシバと吉祥寺の北口を歩いている。サンロード一本裏手にあたる路地である。シバは体型にそぐわないどっしりとした黒のスーツを着ている。道沿いの店。前からそこにあったのか、あるいは最近改装されたのか、新しい店なのか元からあった店なのか分からない、小じゃれた飲食店が並ぶ路地を二人で歩いている。そこを向こうから、カメラを提げたシマダさんがやってきた。いつもの構わない格好でひょこひょこ歩いてくる。乗ってきた自転車はどこかの駐輪場に置いてきたのだろう。シマダさんとも久しぶりである。

「あれっ、それ、F27じゃないですか！？」

挨拶より先にまず、私はシマダさんの首から提がったカメラに目がとまった。

「ええ。買っちゃいました。」

F27とはついこないだ発売されたばかりの新型一眼レフカメラ、Nikon F27だ。往年の機械式一眼レフを復古させたものである。ただこのカメラが画期的なのは、フィルムカメラでありながら、同時にデジタル撮影も可能としている点だ。デジタルと銀塩、目的に応じて二つの使い方が一台でできるのである。しかしさすがに値が張る。27万円。機能を思えばそれくらいして当然なのだが、私には手が出なかった。そんなF27をシマダさんは首から提げている。

シバもシマダさんも私との付き合いは古い。だが二人はお互い面識が無かった。ああ見えて結構人見知りするシバが気に掛かっていた。シバはカメラなんかにも興味はないし。ちゃんと紹介しないとな、と思っていたら、シバがぼそぼそと独り言つ。

「また毎日、ここを通るのか...」

このあいだ電話口で、今は三鷹に住んでいる、三鷹の南口だ、と言っていた。どうして吉祥寺の北口を毎日通るのだろう。会社でもあるのだろうか。

シバが右、シマダさんが左、私は真ん中。両手で二人の肩を抱いて歩いてる。歳は丁度同じくらいの三人。何が嬉しいのか、五十を過ぎて友達二人を両側に抱いて歩いている。

だからバウスシアターなのだろう。上映が終わり館内が明るくなった。聞き覚えのある声で後ろを振り向くと、さたがミヤキと並んで座っていた。さたきょーこ。彼女ともごぶさただ。今日の映画、私は偶々観たのだけれど、ミヤキは、マコトが宣伝のチラシを準備して配ったはずだと言う。さたもミヤキもそのチラシで今日の上映を知ったらしい。確かにそれはパパ・タラフマラの記録映画だった。しかし私はそのチラシを受け取っていない。マコトが私に配るのを忘れたのだろう。全くこの映画のことを知らなかった。それでも偶然、観てしまったわけだ。

久しぶりに会ったさたは疲れた顔をしている。結局昨日も徹夜仕事になったらしい。と云うことは、まだあそこに在籍してるのだろうか。私より先にあそこをやめたのではなかったかと、混乱している。もう聞いているかもしれないが、さたにもカナエサンと別れたことを話しておいた方がいいだろうかと迷っている。

2011年1月7日