床に寝ている。私を含めて四人、狭い床に布団を敷いて寝ている。仰向けに寝ているから頭上に感じる位置、そこに二人、私の頭の方に足を向け、並んで寝ている。もう一人は私の横に、仰向けに寝た状態から右側にあたる位置、そこに並んで寝ている。

例えばグランドピアノの置かれた友人の部屋、そこに泊まったのだろうか。四人分の布団を敷く十分な場所がなく、グランドピアノの下まで使って無理に寝ているような。天井とは別の重く低い天板の下、その天板を支える華奢な脚、柱が数本あるようで、そこで目が覚めたものだから、グランドピアノの下で寝ていたと解釈されなくもない。経緯は分からないが、とても狭い空間で、二人づつ並んだ計四人が布団を敷いて寝ているのである。

私が一番先に目が覚めたと思っていた。だがそうでもないらしい。布団に入ったまま目を開けてぼうとしている女性、枕を高くしているとそうなる、その表情がここからよく見える。

布団から出ないで私は頭上を見上げるようにしてるから、仰向けの位置を基準に右斜め上に寝ている女性、掛け布団から出た女性の顔を下の方から見上げているのである。しかし女性と共に何か視界に割り込んでいるものがある。右側に細い柱、縦の線。もしグランドピアノの下ならば、その視界に入る細い柱とはピアノのペダル、ソステヌートペダルを含む三つのペダル、それを本体から床近くまで延長させる機構そのものだろう。柱ではない。床すれすれで宙に浮く支柱と、本体機構へ結合された三本の連動棒のはずだ。それがここから見上げる女性の顔をケルほどではないにしろ、視界の右に割って入っている。

髪は短く、眉は濃い方ではないか。化粧をしていない素肌から、そう若くもない印象である。派手さがなく、美人とは形容し辛い。全く官能的ではない容姿。だが小振りながらもはっきりとした目鼻立ち、僅かに可愛らしさを残しつつ意志の強そうな顔立ち、下から見上げる所為もあって丸顔の、童顔にも感じられる、見ようによっては個性的、魅力的かもしれないその女性の顔。どこかで見覚えがあるのだが思い出せない。仕事の上司だった人だろうか。確かなことは、どうもその人が私の目上であるようなのだ。

私より先に目覚めていたのではないかもしれない。そうやってずっと何処か一点を見据えたまま、眠らないでいたのかもしれない。

一方、私の頭の上の方、真上で布団を被っているのは恰幅の良い男性である。頭上、俯瞰的に見て目上の女性と並列で寝ていることになるその男性は毛深い力士なのである。そして私の右側、私と並んで寝ているのが千代大海さんだった。

千代大海さんは寝相が悪い。掛け布団をひっぺがし、素っ裸で寝ている。実は私が目を覚ました理由、寝苦しかった理由とは、この千代大海さんの寝返りにあった。重い、気味の悪いほどつるんとした身体をこちらへ寄せてくる。窮屈で、眠りながらも避けようとして熟睡できなかったのだ。

その仕返し、というほど恨みがあるわけではなかったが、ちょっとした悪戯を思い付いた。眠っているのをいいことに、煉瓦ほどの、四角いバターのような氷の固まりを、そのつるんとした腹、大の字に腹を上にした、そのぱんぱんに膨らんだ腹の上に乗せてみたのだ。

いや氷ではなくドライアイスだったかもしれない。というのも、目を瞑ったままの千代大海さんは、冷凍死体のように白い煙に包まれているのだから。

そんな悪ふざけをしているところを、上方で寝ていた毛深い力士に見られていた。起きていたらしい。もう布団から出てどっしりと胡座をかいている。この人も素っ裸だった。ただ千代大海さんのようにつるんとしていない。毛深く、厳つい。縮れて纏まりきらないもみあげが、ぶるさがった耳たぶより下に延びている。太く濃い眉の間、眉間には皺が寄ってる。ぎょろっとした目、でこぼことあばたがある、油っこい顔。金剛さんだった。

恐い顔をしてるので注意されると思ったが、金剛さんは私の悪戯を容認しているようなのだ。それで調子に乗って、私はもう千代大海さんをいたぶっていたらしい。気付くと、千代大海さんが上下逆になっていた。目が開いたままで。

それはとっても滑稽な眺めだった。ぱんぱんに膨れ上がった身体、赤く、腹部を中心に炎症を起こしたむくんだ身体が、ごろんと、気を失って目を開けたままで、逆さにひっくり返っているのだから。

だがやり過ぎたかもしれない。千代大海さんは起きないのではなく、意識を無くしているのかもしれない。

ちょっぴり怖くなって、金剛さんに御伺いを立ててみた。

「あのー、千代大海さんが...」

様子がおかしいんですが、と続けるつもりだった。なのに見上げて目にした金剛さんの顔からは、愉快そうな面持ちしか感じられない。

それで、大丈夫なんだ、と安心して、金剛さんと二人、千代大海さんの滑稽な姿を眺めて面白がっていた。

白い煙の立ちこめる冷凍槽の中で、氷結したような千代大海さんが、くるくる回っている。

目上の女性については、もうそれきりになっていた。

2010 8/29

ナラ入沢キャンプ場にて。初めてのキャンプ。購入したてのテントで犬と寝る。